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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)5814号 判決 1983年9月30日

原告

廣苅文子

右訴訟代理人

上野勝

浅田憲三

大西悦子

川崎伸男

被告

五十嵐武雄

被告

松岡秀雄こと

金鐘槇

被告

松岡信男こと

金信男

右被告金鐘槇、同金信男両名訴訟代理人

酒井武義

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金二四二八万六七九四円及びうち金二二三八万六七九四円に対する被告五十嵐武雄については昭和五七年九月七日から、被告松岡秀雄こと金鐘槇については同月五日から、被告松岡信男こと金信男については同月一四日から、右各支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告代理人は、「(一)被告らは、各自、原告に対し、金五六五三万二三六二円及びうち金五一五三万二三六二円に対する被告五十嵐武雄については昭和五七年九月七日から、被告松岡秀雄こと金鐘槇については同月五日から、被告松岡信男こと金信男については同月一四日からそれぞれ右各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告五十嵐武雄は、「(一)原告の請求を棄却する。(二)訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、被告金鐘槇及び同金信男両名代理人は、「(一)原告の被告金鐘槇及び同金信男に対する請求をいずれも棄却する。(二)訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、それぞれ求めた。

第二  当事者の主張

一  原告代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年六月二八日午後一〇時二〇分ころ

(二) 場所 兵庫県尼崎市長洲本通一丁目四二番地先の、四行一方通行の市道上

(三) 加害車 普通乗用自動車(泉五七さ九一六二号。以下「被告車」という。)

右運転者 被告五十嵐武雄(以下「被告五十嵐」という。)

(四) 被害車 普通乗用自動車(神戸五七は八五八号。以下「原告車」という。)

右運転者 原告

(五) 態様 原告は、原告車を運転して前記市道を東から西へ走行していたところ、右一方通行の道路を西から東へ逆行してきた被告車に正面衝突された(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告五十嵐は、本件事故の当時、自動車の運動免許を有しておらず、しかも、泥酔し正常な運転ができない状態であつたから、被告車の運転をしてはならない注意義務があるのに、これを怠り、被告車を運転して四行一方通行のため進入禁止となつている右市道に進入した過失により、本件事故を惹起した。

(二) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告松岡秀雄こと金鐘槇(以下「被告鐘槇」という。)は、被告車を所有し、同車を息子である被告松岡信男こと金信男(以下「被告信男」という。)に貸し、使用させていた。

被告信男は、訴外松本産業株式会社(以下「松本産業」という。)の下請業者であり、被告五十嵐が同社の従業員であつたことから、かねてからの顔見知りであつたところ、本件事故の当日、右被告両名は飲食を共にし、被告信男が被告車を運転して被告五十嵐をその自宅あるいは同被告の指定する場所へ送り届ける途中、被告五十嵐が無断運転を開始した直後に本件事故が発生したものである。

したがつて、被告鐘槇及び同信男は、いずれも自己のために被告車を運行の用に供していたものというべきである。

3  損害

(一) 受傷、治療経過等

(1) 受傷

原告は、本件事故により、腹部外傷、膵頭部断裂及び右腎損傷後腹膜血腫、肝裂傷・脾臓裂傷による腹腔内出血、左膝部挫創、胸部挫傷、顔面裂傷の各傷害を負つた。

(2) 治療経過

(イ) 入院

安藤病院に昭和五五年六月二八日から同年七月二九日まで(三二日間)、関西労災病院に同月三〇日から同五六年四月一九日まで(二六四日間)、計二九六日間入院し、この間、脾臓摘出の手術、膵臓六〇パーセント摘出の手術及び大量の輸血等の治療を受けた。

(ロ) 通院

関西労災病院に昭和五六年四月二〇日から同五七年一一月ころに至るまで、二週間に一回の割合で通院した。

(3) 後遺症

原告は、右手術及び輸血を受けた結果、臓器摘出による障害及び術後肝炎罹患のため疲れ易く、全身倦怠感があり、消化不良になり易く、腹部鈍痛が残つている。

また、腹部正中に二条の手術痕跡(長さ各二二センチメートル、一四センチメートル)及びドレナージ跡の痕跡七か所があり、いずれもケロイド状となつて醜状を呈している。

原告の右後遺症の症状固定の時期は昭和五七年六月ころである。

なお、原告は、右後遺症の程度について、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の関係では、自賠法施行令別表の七級五号に認定された。

(二) 後遺症による逸失利益 三四六七万八九二五円

原告は、昭和二四年一〇月二一日生で、本件事故の当時は専業主婦であつたところ、同女の家事労働を金銭的に評価すると、昭和五五年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模女子労働者学歴計三〇ないし三四歳の年平均所得二〇〇万三六〇〇円に一割を加算して推計した昭和五七年の年平均所得は、二二〇万三九六〇円となり、原告は、前記後遺症により、症状の固定した昭和五七年六月から六七歳までの三五年間にわたり、その労働能力を七九パーセント喪失したものであるから、原告の後遺症による逸失利益を、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して症状固定時の時価を求めると、三四六七万八九二五円となる。

(算式)

220万3960円×0.79×19.9175=3467万8925円

(三) 体業損害 四〇一万七二一八円

原告は、本件事故により、治療期間の昭和五五年六月二九日から同五七年六月末日まで約二年間にわたり、休業を余儀なくされ、その間、初めの一年間は前記昭和五五年賃金センサスによる年平均所得二〇〇万三六〇〇円、次の一年間は右所得に0.5パーセント上昇したものとして推計した二〇一万三六一八円、合計四〇一万七二一八円の得べかりし収入を失つた。

(算式)

200万3600円+200万3600円×1.005=401万7218円

(四) 慰藉料 一三〇〇万円

(1) 傷害による慰藉料 三〇〇万円

原告は、本件事故により生命の危険にさらされ、二度にわたる大手術を受け、かろうじて生命をとりとめたものであり、入院期間は約一〇か月に及び、その後、昭和五七年一一月ころに至るまでなお通院していたこと等諸般の事情に照らすと、原告の受傷による慰藉料は三〇〇万円を下らない。

(2) 後遺症による慰藉料 一〇〇〇万円

本件事故によつて原告の受けた前記のような甚大な後遺症による慰藉料は一〇〇〇万円を下らない。

(五) 入院雑費 二九万六〇〇〇円

原告は、前記二九六日間の入院期間中、一日当り一〇〇〇円の割合による入院雑費、計二九万六〇〇〇円を要した。

(六) 通院交通費 七万二六〇〇円

原告の前記(一)(受傷、治療経過等)記載の症状からすると、同女は、昭和五六年四月二〇日から同五七年六月一一日まで、三三回にわたり負担したタクシーによる往復の通院交通費(一回二二〇〇円)合計七万二六〇〇円の損害を受けたものというべきである。

(七) 病院の差額ベッド代 一四五万一六〇〇円

原告は、前記(一)(受傷、治療経過等)記載の入院期間中、病院の差額ベッド代として右額を要した。

(八) 付添看護費用 八二万六〇二〇円

原告は、右入院期間中、職業付添人の付添費実費として右額を要した。

(九) 物損 一〇〇万円

本件事故によつて原告車は全損となり、これにより原告は右額の損害を受けた。

(一〇) 弁護士費用 五〇〇万円

原告は、本訴の提起を原告訴訟代理人に委任し、その弁護士費用として右額の支払を負担した。

4  損害の填補

原告は、本件事故による損害の填補として、自賠責保険から傷害保険金一二〇万円、被告五十嵐から任意弁済として二六一万円の各支払を受けたので、被告五十嵐からの任意弁済のうち一〇〇万円を右3の(九)(物損)に、その余の任意弁済額及び傷害保険金合計二八一万円を右3の(七)(病院の差額ベッド代)、同(八)(付添看護費用)及びその余の損害金に、順次充当する。

5  よつて、原告は、被告ら各自に対し、本件損害賠償として、右3記載の損害額合計六〇三四万二三六三円から右4記載の填補額三八一万円を控除した内金五六五三万二三六二円及びうち弁護士費用を除く五一五三万二三六二円に対する本件事故の後である被告五十嵐については昭和五七年九月七日から、被告鐘槇については同月五日から、被告信男については同月一四日から、それぞれ右各支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  被告らは、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

(被告鐘槇及び同信男ら代理人)

1 請求の原因1記載の事実は認める。

2 請求の原因2記載の点について

(一) 同2の(一)記載の点は認める。

(二) 同2の(二)記載の点のうち、被告鐘槇が被告車を所有していたこと、被告信男は同鐘槇の子であること、被告信男が松本産業の下請業者で、被告五十嵐が松本産業の従業員であつたこと、及び、被告信男が同五十嵐をその自宅へ送り届ける途中、本件事故が発生したことはいずれも認めるが、その余は否認する。

(三) 被告鐘槇及び同信男は、左記のように、被告車の運行利益、運行支配を失つていたものというべく、本件事故について運行供用者としての責任を負わない。

即ち、(1) 被告信男と同五十嵐とは、同じ会社の下請業者と従業員というだけの間柄であり、雇用関係、身分関係がないのはもちろん、単に面識があるというだけであつた。被告信男は、本件事故に至るまで、同五十嵐を被告車はもとより被告所有の他の自動車に同乗させたこともなかつた。

また、被告鐘槇は、同五十嵐とは、本件事故が発生するまで雇用、身分関係はもちろん、面識すらない、全くの他人であつた。

(2) 被告鐘槇に、被告車の保管及び管理上の過失はなかつた。

被告車は、昭和五三年一二月ころ、被告鐘槇が購入し、一年間に二、三回の割で家族旅行等に使用したことがある程度で、同被告の自宅から約一〇〇メートル離れたモータープールに預けて保管し、エンジンキーは同被告の自宅階下の同被告夫婦専用の箪笥の引出しの中に入れて管理してあつた。

被告信男は、同鐘槇夫婦と同居している関係で、被告車及びエンジンキーの所在を知つてはいたが、被告鐘槇は、家族旅行の先で飲酒して運転ができなくなつた際に、被告車を被告信男に運転させたことがあつたけれども、それ以外に、同被告が同車を運転し使用することを許容したことはなかつた。むしろ、被告鐘槇は、仕事上の理由で、家を数日間留守にすることが多かつたので、常日頃、被告信男が被告車を通勤用などに勝手に使用することを禁じていたのである。

本件事故の二、三日前、被告鐘槇は、同信男から、同人の通勤用の自動車を下取りに出して被告車に乗り換えたいとの相談を受けたが、同鐘槇はこれに反対し、本件事故の前日から仕事により自宅を留守にしていたが、その間に、被告信男は、被告車を無断で運転使用し、その翌日、本件事故の発生に至つたのである。

したがつて、被告鐘槇の右保管状況からすると、同被告は、第三者はもちろん被告信男に対しても、被告車の運転を容認していたとはいえず、被告五十嵐の泥棒運転との関係でみると二重の無断運転が行われたことになるから、被告鐘槇は、本件事故について被告車の運行支配、運行利益を喪失するに至つていたものというべきであり、運行供用者としての責任を負わない。

(3) 被告信男にも、被告車の保管、管理上の過失はない。

本件事故の当日、被告信男は、被告五十嵐及びその他同僚二人を被告車に乗せて、ビヤガーデン等へ飲みに行つたが、被告信男自身は被告車を運転していたため、ほとんど飲まず、被告五十嵐がかなりの酩酊状態だつたので、同被告を自宅まで送つていつてやることにし、同行を申し出た訴外水野肇(以下「水野」という。)と一緒に、被告五十嵐を被告車に乗せて、国鉄尼崎駅前まで被告車を走らせた。

尼崎駅前で、被告信男は、停車し、被告五十嵐は行先の所番地を確認するため、同信男は友達と通話のため、いずれも下車して側の電話ボックスに入つた。

被告信男は、下車する際、エンジンキーを抜かずにエンジンをかけたままで、チェンジをパーキングの状態にしてサイドブレーキをかけ、前照灯を消してスモール灯にしたまま、ドアの施錠はせずに下車した。

被告五十嵐は、同信男より一足先に電話を終え、被告車の運転席に乗り込み、目の前の運転装置をいたずらしているうちに、被告車が動き出したが、停止方法がわからず、ブレーキペダルとアクセルペダルとを踏み間違えるなどして被告車を暴走させ、本件事故を惹起させるに至つたのである。

被告信男が前記のようにエンジンキーを抜かず、ドアに施錠もせずに被告車を下車したのは、電話を終え次第すぐに発進する予定であり、後部座席に水野が乗つているため、クーラーを作動させておく必要があつたし、水野がいるので無人で被告車を放置することになるわけでもなく、盗用運転される心配はないと思つたためであつた。また、被告信男は、下車する際、水野に、「電話をかけてくるから待つていてくれ。」と声をかけた。被告信男は、無免許の同五十嵐により無断運転されるとは思いもよらないことであつた。

右事実関係からすると、被告信男は、第三者による無断運転を容認したものとはいえず、被告車の保管、管理上の過失があつたともいえないのであつて、被告車の運行支配、運行利益を喪失していたものというべきであり、運行供用者としての責任を負わない。

3 請求の原因3記載の点のうち、原告が自賠責保険の関係で後遺障害等級七級五号に認定された事実は認めるが、その余は知らない。

4 請求の原因4記載の事実のうち、原告が、本件事故による損害の填補として、自賠責保険から傷害保険金一二〇万円、被告五十嵐から任意弁済として二六一万円の各支払を受けた事実は認める。

(被告五十嵐)

1 請求の原因1記載の事実は認める。

2 請求の原因2記載の点は知らない。

なお、被告鐘槇及び同信男ら代理人の前記答弁中、2の(三)の記載の陳述部分を援用する。

3 請求の原因3記載の点のうち、原告が自賠責保険の関係で後遺障害等級七級五号に認定された事実は認めるが、その余は争う。

4 請求の原因4記載の事実のうち、原告が、本件事故による損害の填補として、自賠責保険から傷害保険金一二〇万円、被告五十嵐から任意弁済として二六一万円の支払を受けた事実は認める。

三  被告鐘槇及び同信男ら代理人並びに被告五十嵐は、抗弁として、次のとおり述べた。

原告は、本件事故による損害の填補として、請求の原因4に記載したもののほかに、自賠責保険から後遺障害保険金八三六万円、被告五十嵐から任意弁済として二二八万四五六〇円、計一〇六四万四五六〇円の各支払を受けた。

四  原告代理人は、抗弁記載の事実は認める、と述べた。

第三  証拠<省略>

理由

一事故の発生について

請求の原因1の(一)ないし(五)記載の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件事故の現場は、兵庫県尼崎市長洲中通一丁目四五番地先の、北東方向から南西方向への一方通行路となつている制限速度が時速四〇キロメートル、車道の幅員が約9.0メートルの二車線の道路(以下「現場道路」という。)上であること。

2  被告五十嵐は、本件事故の当時、公安委員会の運転免許を有しておらず、かつ、同事故の当日は、午後六時すぎころから九時すぎころまで、約三時間にわたり、ビールを大ジョッキと中ジョッキあわせて六、七杯及びウイスキーの水割り四、五杯を飲み、呼気一リットルあたり約0.45ミリグラムのアルコールを保有する状態で、酒に酔つてそのアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態であつたのに、同市長洲本通一丁目四二番地所在、国鉄尼崎駅前派出所付近道路上に一時停止してあつた被告車の運転席に乗り、あちこちの運転装置に手を触れるなどしているうちに被告車を発進させたが、これを停止させることができず、同地点から約五〇メートル東方にある同駅前交差点に接近した際、信号待ちのため停車していた訴外塩屋信一運転の普通乗用自動車を発見したが制動措置を講じることができず、同車左後部に被告車右前部を衝突させ、更に、そのまま東進し、同交差点西詰横断歩道を青信号に従つて横断歩行中の訴外直田京子に被告車前部を衝突させて路上に転倒させ、なおも同車の制動措置を講じることができないまま東進を続け、右地点から約一一三メートル進行して一方通行の現場道路を逆行したうえ、おりから対向進行してきた原告運転の原告車の右前部に被告車の右前部を正面衝突させたこと。

3  原告は、原告車を運転して時速約二五キロメートルで現場道路に進入、これを順行し、時速約三〇キロメートルまで加速して少し進んだ時、突然、目前に自動車のライトが光つたのを見、自車に対向して現場道路を逆行してくる自動車があることに気付いたが、これを回避する余裕もなく、前記のように被告車に正面衝突され、その場に停止したこと。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二責任原因について

1  被告五十嵐の責任について(民法七〇九条)

右一(事故の発生について)で認定した事実によると、被告五十嵐は、本件事故の当時、公安委員会の運転免許を有せず、かつ、酒に酔つてそのアルコールの影響により正常な運転ができない状態にあつたから、被告車の運転を始めてはならない注意義務を負つていたものといわなければならない。

しかるに、同被告は、右注意義務に違反し、漫然、被告車の運転装置を作動させてこれを右認定のとおりの態様で暴走させた過失により、本件事故を惹起したものといわなければならない。したがつて、同被告は、民法七〇九条により、本件事故によつて原告が被つた損害を賠償する責任がある。

2  被告鐘槇及び同信男の責任について(自賠法三条)

(一)  被告鐘槇が被告車を所有していたこと、被告信男は同鐘槇の子であること、被告信男が松本産業の下請業者で、被告五十嵐が松本産業の従業員であつたこと、及び、被告信男が同五十嵐をその自宅へ送り届ける途中、本件事故が発生したことは、いずれも原告と被告鐘槇及び同信男との間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 被告信男は同鐘槇の子で、同居して生活しており、被告信男は昭和五四年一月ころから松本産業にトラック持込みの下請業者として勤務していたこと、被告五十嵐は、同年二月ころから松本産業に従業員として勤務していたこと、被告信男と同五十嵐は、本件事故に至るまで、さほどの付き合いもなく、顔見知り程度の間柄であつたこと、そして、被告鐘槇は本件事故まで被告五十嵐とは面識がなかつたこと。

(2) 被告鐘槇は、昭和五三年一二月一八日ころ、自家用車として被告車を購入したこと、同人は、被告車を家族旅行などに使用したが、通勤用には別の車を使用していたので、被告車の使用頻度は比較的少く、被告鐘槇が同車を運転するのはせいぜい一か月に一回程度であつたこと、同車の走行距離は、購入時から一年半で約四〇〇〇キロメートル位であつたこと、被告鐘槇は、被告車を、自宅から約一〇〇メートル離れたモータープールに月極めで預けて保管していたこと、被告信男は、その所有する通勤用の自動車を同じモータープールに預けており、被告車の右保管状況を知つていたこと、被告車の使用状況は、年に二、三回家族旅行をするため等に運転する程度であつたが、被告鐘槇は、そのような際、被告車をモータープールから自宅まで被告信男に回送させたり、被告鐘槇が飲酒して運転できなくなつたようなとき等は、右信男に運転を委ねていたこと、被告鐘槇は、被告車のエンジンキーを自宅階下の箪笥の引き出しに入れて保管しており、右信男は、右保管場所を知つていたこと、被告信男は、昭和五四年春ころ、自己の車を修理した時に、被告車を右鐘槇に無断で通勤用に使用したことがあつたこと、被告鐘槇は、仕事上の理由から、二、三日間にわたつて家を留守にすることがしばしばあつたこと、及び、同被告は、かねてから、被告信男に対し、被告車を通勤用に使つたりしないよう口頭で注意を与えることはあつたが、同車のエンジンキーを被告信男の手の届かない場所に保管するようなことをしたことはなかつたこと。

(3) 被告信男は、本件事故の二、三日前ころ、被告鐘槇に対し、自分の通勤用の車を買換えたい旨相談したが、同被告は、今の車にそのまま乗れと言つたこと、被告鐘槇が本件事故の前日から仕事で二、三日の予定で家を留守にしたとき、被告信男は自分の車を下取りに出し、新車を入手するまでの間に一時借用する意図で、被告車のエンジンキーを持ち出して、被告車を通勤用に使用していたこと、そして、右のような被告信男の行動は、被告鐘槇において十分推測できたこと。

(4) 本件事故の当日も、被告信男は松本産業への通勤に被告車を使用したが、終業後の午後五時三〇分ころ、被告五十嵐ら会社の同僚と話しているうち、被告車に乗つて尼崎へ飲みに行こうという話になり、被告信男は、同五十嵐、水野及び訴外山口の三人を被告車に乗せて、尼崎市内のビヤガーデンやスナックへ飲みに行つたこと、被告信男は、被告車を運転している関係上、ほとんど飲酒しなかつたこと、午後九時すぎころ、被告信男は、同五十嵐らを再び松本産業まで送り届けたが、途中、右被告は、通行中の女性の尻をさわるようなこともしたこと、訴外山口は帰宅したが、同被告は、泥酔しており、悪酔いの状態であり、「ドライブに行こう。西成に行こう。」などと言つて、被告車の助手席に乗り込んできたりしたので、被告信男は、これをみかねて、水野とともに被告車で同五十嵐をその自宅まで送ることにし、水野と一緒に三人で被告車に乗り、被告信男の運転で午後一〇時すぎころ、国鉄尼崎駅前まで来たこと、その途中、被告五十嵐は、「兄貴のところへ行つてくれ。」などと言うので、被告信男は、同五十嵐に電話をさせて行先を確認させようとし、国鉄尼崎駅前の電話ボックスのある所に被告車を停車をさせたこと。

(5) 被告信男は、同所で同五十嵐を降ろし、自分も友達に電話をするため続いて下車したこと、このとき被告信男は、後部座席に水野が乗つているのでクーラーをつけたままにしておくため、被告車のエンジンキーを抜かず、エンジンをかけたままにし、チェンジをパーキングの位置にして(被告車は、いわゆるノークラッチ車であつた)、サイドブレーキをかけ、前照灯を消してスモール灯をつけた状態にして、水野に「電話してくるから待つていてくれ。」と声をかけ、ドアをロックせずに、下車したこと。

(6) 右電話ボックスは、被告車を駐車した位置から約一〇メートル離れた緑地内の地点に二台設置されており、電話ボックス内からは植樹にさえぎられて被告車は見えなかつたこと、被告五十嵐は、同信男より先に電話を終え、ボックスから出て行つたが、同信男はこれを知つていたこと、被告五十嵐は、被告車の駐車位置に戻るや、運転席に乗り込み、運転装置をあちこち触れているうちに、予期せず被告車が走り出したので、同被告はあわてて停車させようとしたが方法がわからず、ブレーキペダルとアクセルペダルを踏み間違えたりした結果、被告車を暴走させ、前記認定のような態様の本件事故を惹起するに至つたこと、なお、被告信男が電話をかけ始めてから本件事故が発生するまでは、せいぜい一五分程度の時間にすぎなかつたこと。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実のうち、被告鐘槇は、被告車の所有者であり、被告信男とは親子であり、同居しているという人的関係があること、被告鐘槇は、過去において、同信男に被告車の運転を許容したことが何度かあつたこと、及び、被告鐘槇の被告車及びそのエンジンキーの管理の態様、また、前記認定のとおりの、同被告の、被告信男が被告車を使用する行動についての認識等の諸事実を総合すると、被告鐘槇は、同信男が、被告車を使用運転するのを容認していたものと推認することができるものといわねばならない。

さらに、右認定のとおり、被告信男の被告車借り出しの態様は、新車を入手するまでの極く短期間の一時的な使用にすぎず、借用を始めた翌日に本件事故が発生したこと、本件事故が信男の後記認定のとおりの被告車の管理上の過失に起因して惹起されたこと等の事情が認められる本件においては、被告鐘槇は、なお、同信男を通じて間接的に被告車に対する運行利益、運行支配を保持しており、事故の発生を未然に防止するようその運行を指示、制御すべき立場にあつたものといわなければならない。

(三) また、右認定事実のうち、本件事故の当時、被告信男は、私用のため被告車を一時使用中であつたが、本件事故は、同被告が被告五十嵐を同車に同乗させて送つていく途中で発生したものであること、被告信男が、被告車のエンジンをかけたまま、ドアにロックもせずに同車から離れている点は、クーラーを切らずにおきたいと考え、短時間で戻るつもりでいたことから、主観的には、右信男にしてみれば、やむをえなかつた面がないでもないが、被告五十嵐の当夜の行状は、ビヤガーデン及びスナックで飲酒するにつれて、悪酔いの状態となり、通行中の女性の尻をさわる等の行為にも及んだほどであるところ、同信男が右被告と終始飲酒に同行するとともに、右被告の右のような様子を見かねて家に送ることになつたこと等を併せ考えると、被告信男は、右のように酩酊状態に陥つている同五十嵐を介護ないし保護すべき人的関係にあつたものであり、したがつて、被告信男としては、右のような同五十嵐の状態に照らすと、被告車の管理について右被告の不用意な行動にも対処できるよう万全の措置を講ずべきであつたものといわなければならないから、被告信男が、被告車のエンジンキーを差込んだまま同車を離れたことは、客観的にみて、被告車について管理上の過失があつたものといえること、及び、被告五十嵐の乗り出しから、本件事故の発生に至るまでは、時間的にも距離的にも近接していること等の事情に、被告五十嵐が被告車を発進させた経緯及び意図を併せ考えると、被告信男には、本件事故の発生を未然に防止するよう、その運行を指示、制禦すべき立場にあつたものといわなければならないから、同被告が右五十嵐の運転により運行支配等を喪失するに至つたものと認めることはできない。

もつとも、被告五十嵐が被告車を発進させた行為は偶然性のあるものであり、したがつて、被告信男にはこれを予測し難かつたと認められないでもないが、このことをもつてしても、前記認定事実の下においては、右被告は、なお、被告車の支配が十分可能であつたものであり、その運行を指示、制禦すべき立場にあつたものといわなければならない。

(四)  したがつて、被告鐘槇及び同信男は、いずれも、被告車の運行供用者として、自賠法三条に基づき、原告の被つた損害を賠償する責任がある。

三損害について

1  受傷、治療経過等

(一)  受傷

<証拠>によると、原告は、本件事故により、腹部外傷(膵頭部断裂、肝裂傷、脾臓裂傷による腹腔内出血及び右腎損傷後腹膜血腫)、左膝部挫創、胸部挫傷、顔面挫傷の傷害を受けたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  治療経過

原本の存在及び成立に争いのない甲第五九号証及び原告本人の尋問の結果を総合すると、請求の原因3の(2)(治療経過)記載の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  後遺症

<証拠>を総合すると、原告は、本件事故により、左記内容、程度の後遺症を負つたことが設められる。

(1) 自覚症状 疲れ易く、全身に倦怠感があり、消化不良になり易く、腹部に不定の鈍痛が起り易いこと。

(2) 他覚症状 ①腹部正中に二条の手術瘢痕(長さ約二二センチメートル、一四センチメートル)及びドレナージ跡の瘢痕七か所があり、いずれも瘢痕ケロイドを形成していること。②上部消化管はレントゲン透視により広範囲の癒着を示し、可動性障害があること。③手術時の輸血による遷延性肝炎(術後肝炎)の検査結果があり、遷延性肝炎は再燃の可能性もあること。④右顎下部に一センチメートルの切創瘢痕があること。

(3) 程度 膵臓及び脾臓の摘出手術の結果、膵臓は頭部を残して膵体尾部が亡失し(容積比で三分の二を欠損)、脾臓も亡失したこと、右膵臓の亡失により、日常の食生活における消化機能は多大の影響を破り、脾臓の欠損により、細網内皮系、抗体産生等の生涯的な生命現象に無視できない影響を受けたこと、また、術後肝炎もB型ではないにしても、かなりの程度の制約を日常生活に与えること。

(4) 右後遺症の症状固定日は、昭和五七年六月一一日であること。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、原告の右後遺症は、自賠責保険の関係では、後遺障害等級七級五号に認定された事実は、原告と被告らとの間に争いがない。

2  後遺症による逸失利益 二四一五万二三一七円

<証拠>によると、原告は、昭和二四年一〇月二一日生で、本件事故の当時は専業主婦であつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はないところ、経験則によると、原告は、昭和五六年以降、少なくとも昭和五六年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計女子労働者学歴計三〇歳ないし三四歳の年平均収入(以下「賃金センサスによる年平均収入」という。)二一六万五四〇〇円の収入を得られたであろうこと(なお、原告代理人の主張する所得増加率は、これを認めるに足りる証拠がない。)、及び、原告は、前記認定の後遺症により、症状の固定した昭和五七年六月一一日以降、六七歳になるまで三五年間にわたり、その労働能力の五六パーセントを喪失したものと認めるのが相当であるから、原告の後遺症による逸失利益を、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二四一五万二三一七円となる。

(算式)

216万5400円×0.56×19.9174=2415万2317円

(円未満四捨五入。以下同じ。)

3  休業損害

(一)  入院中の休業損害 一六七万三一五六円

原告が昭和五五年六月二八日から同五六年四月一九日まで二九六日間入院したことは右認定のとおりであり、経験則によると、原告は、昭和五五年には少なくとも同年賃金センサスによる年平均収入二〇〇万三六〇〇円、同五六年には同じく前記認定の年平均収入二一六万五四〇〇円の各収入を得られたであろうことが認められるから、原告の入院による休業損害は、左記のとおり一六七万三一五六円となる。

(算式)

① 昭和五五年六月二八日から同年一二月三一日まで(一八七日間)の分

二〇〇万三六〇〇円×(一八七/三六五)

=一〇二万六五〇二円

② 昭和五六年一月一日から同年四月一九日まで(一〇九日間)の分

二一六万五四〇〇円×(一〇九/三六五)

=六四万六六五四円

③ 右①及び②の合計 一六七万三一五六円

(二)  通院中の休業損害 一一八万六五二一円

原告は、昭和五六年四月二〇日から同五七年六月一一日まで(延べ四一八日間、通院日数三三日間)通院したこと、昭和五六年以降は少なくとも年間二一六万五四〇〇円の収入を得られたであろうことは、いずれも前記認定のとおりであるところ、原告の受傷の内容、程度、通院の延べ日数と実日数との割合等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害としては、通院期間中二〇〇日分の休業損害一一八万六五二一円を認めるのが相当である。

(算式)

二一六万五四〇〇円×(二〇〇/三六五)

=一一八万六五二一円

4  入院雑費 二九万六〇〇〇円

原告が昭和五五年六月二八日から同五六年四月一九日まで二九六日間入院したことは前記認定のとおりであり、経験則上、右期間中一日につき一〇〇〇円の割合による入院雑費を要したものと認めるのが相当であるから、原告は、入院雑費として、二九万六〇〇〇円の損害を受けたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

5  付添費用 三三万三三六〇円

<証拠>を総合すると、原告は、前記入院期間中、昭和五五年七月一一日から同年八月二三日までの職業付添人の付添費用(実費)として、三三万三三六〇円の損害を受けたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

6  病院の差額ベッド代及び通院交通費

右各費目については、その必要性、損害額及びその相当性を認めるに足りる証拠はなく、本件事故と相当因果関係のある損害として認めることはできない。

7  物損

<証拠>によると、原告車は、原告及びその夫である広苅正二の父である広苅マスイチの所有名義となつているが、実質上の所有者は右広苅正二であつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、本件事故による原告車の破損に基づく損害を原告の損害と認めることはできない。

8  慰藉料 九二〇万円

本件事故の態様、原告の受けた傷害の部位、程度、治療経過、後遺症の内容、程度、原告の生活状況その他諸般の事情を併せ考えると、原告の被つた障害及び後遺症に基づく精神的苦痛を慰藉するには、九二〇万円の慰藉料を認めるのが相当であると認められる。

9  損害額小計

右2ないし8記載の各損害費目を合計すると、三六八四万一三五四円となる。

四損害の填補について

原告が、本件事故に基づく損害の填補として、自賠責保険から傷害保険金一二〇万円及び後遺障害保険金八三六万円、並びに、被告五十嵐から任意弁済として合計四八九万四五六〇円の各支払を受けた事実は、当事者間に争いがない。

したがつて、原告は、本件事故に基づく損害の填補として、合計一四四五万四五六〇円の支払を受けた事実が認められる。

五弁護士費用について

本件訴訟の経過、以上認定の認容額その他諸般の事情を斟酌すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として、一九〇万円を認めるのが相当である。

以上の認定によると、被告らは、本件損害賠償として、各自原告に対し、右三の9記載の損害額小計三六八四万一三五四円から右四記載の損害填補額一四四五万四五六〇円を控除して、右弁議士費用を加えた二四二八万六七九四円の各支払義務があることになる。

六結論

以上のとおりであるから、本件損害賠償として、被告らは、各自、原告に対し、金二四二八万六七九四円及びうち弁護士費用を除く金二二三八万六七九四円に対する本件事故の後である、被告五十嵐武雄については昭和五七年九月七日から、被告松岡秀雄こと金鐘槇については同月五日から、被告松岡信男こと金信男については同月一四日から、右各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払義務があるから、原告の本訴請求は、右の限度でいずれも理由があるので、その限度で正当としてこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(弓削孟 加藤新太郎 五十嵐常之)

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